2014年6月
建物の最上階から、遠くまで遠くまでのびる街の景色を眺めていた。胸あたりまである事故防止用のコンクリートの壁に両手を置いている。
「最初は下を見ると吸い込まれそうに思ったけど、今はもうなれたわ」
「でも世の中って広いなぁ」
「なんで?急に」
「こんな景色、今までに見たことがなかったから」
「こんなにいっぱいある窓からこぼれる光の数だけ、人が、家族が生活をしてるんやで」
「そうやな」
「すごいな、世の中って」
「うん」
「でも、ちっぽけやな」
「んー」
「たいしたことないな、人ひとりなんか」
その後は夜風が言葉を遮った。
「そろそろ、帰るな」
「気ぃつけて帰りや。自転車か?」
「うん。自転車」
エレベーターまでは振り返らないように歩いた。自転車に股がって上を見上げたけど、今までいたところには誰もいなかった。そんなふうに思わないでほしいと思ったことは、ものすごく偽善的でひとりよがりなんだと思った。
2014年6月11日 23時20分 カテゴリー:「それでもドロップキック」